大判例

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東京地方裁判所 平成元年(刑わ)1577号 判決

①事 件

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中四0日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  平成元年四月二六日ころ、千葉県四街道市〈住所省略〉所在の○○酒店玄関先駐車場において、日本電信電話株式会社が所有し、Aが管理するカード式公衆電話機一台(時価約二一万円相当)を窃取し、

第二  同年四月二七日ころから同月二九日ころまでの間、千葉市〈住所省略〉○○ビレッジ五0三号室において、前記第一のとおり窃取した公衆電話機にBに依頼してテレホンカードの通話度数値を一九九八度に加算する機能を有するロムを取付け内蔵させた公衆電話機を用い、行使の目的をもってほしいままに、日本電信電話株式会社作成に係る通話可能度数五0度のテレホンカード五九五枚をいずれも通話可能度数一九九八度のテレホンカードに改ざんし、もって有価証券を変造し、同月二九日ころ、右同所において、Cに対し、右のとおり変造したテレホンカード五九五枚を、その旨を告げた上で一枚三五00円の約定で売り渡し、もって行使の目的をもって変造有価証券を交付し、

第三  同年五月七日ころ、右同所において、行使の目的をもってほしいままに、前記第二と同様の方法で、日本電信電話株式会社作成に係る通話可能度数五0度のテレホンカード約一000枚をいずれも通話可能度数一九九八度のテレホンカードに改ざんし、もって有価証券を変造し、同月八日ころ、千葉県幕張町〈住所省略〉ファミリーレストラン○○千葉幕張店駐車場において、Cに対し、右のとおり変造したテレホンカードのうち約八00枚を含む、いずれも日本電信電話株式会社作成に係る通話可能度数五0度のテレホンカードの通話可能度数を一九九八度に改ざんしたテレホンカード一00七枚をその旨を告げて合計三00万円の約定で売り渡し、もって行使の目的をもって変造有価証券を交付したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二三五条に、判示第二及び第三の各所為のうち、各有価証券変造の点はいずれも包括して同法一六二条一項に、各変造有価証券交付の点はいずれも同法一六三条一項にそれぞれ該当するところ、判示第二の変造有価証券の一括交付は、一個の行為で五九五個の罪名に触れる場合であり、有価証券の変造とその各交付との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項前段、後段、一0条により結局判示第二の罪を一罪として犯情の最も重い有価証券変造罪の刑で処断することとし、判示第三の変造有価証券の一括交付は、一個の行為で一00七個の罪名に触れる場合であり、変造にかかる約一000枚のテレホンカードのうち約八00枚について、有価証券の変造とその各交付との間に手段結果の関係があるので、同法五四条一項前段、後段、一0条により結局判示第三の罪を一罪として犯情の最も重い有価証券変造罪の刑で処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一0条により刑及び犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中四0日を右刑に算入することとする。

(補足的説明)

テレホンカードの改ざん及びその交付に対する擬律については裁判例も少なく、見解の別れるところなので、以下に当裁判所が本件について有価証券変造、変造有価証券交付罪を認めた理由について補足的に説明する。

第一  テレホンカードの仕組みと機能

テレホンカードは、日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。)が、同会社の設置したカード式公衆電話機の利用者のために、料金の支払手段として発行している料金前払い方式の、いわゆるプリペイドカードの一種であり、利用者は、テレホンカードをその発行度数に応じた価格であらかじめ購入しておき、電話機利用の際は、これを電話機の差し込み口に挿入することによって、利用可能度数が零になるまで、何度でも通話に利用することができる。カード本体は、名刺大のプラスチック様素材からなるカードであり、券面に、テレホンカードであることの表示、発行時度数及びパンチ穴によっておおよその残度数を示すための度数カウンターが印刷されているほか、裏面に磁気記録部分を有しており、ここには、入力年月日、エンコード(入力機能)番号及び入力日の通し番号からなる発行情報と、発行時度数及び残度数からなる度数情報とが印磁されている。

利用者がテレホンカードを電話機に挿入すると、カードの磁気データが読み取られ、印磁されている残度数が利用可能度数として電話機の度数カウンターに赤色表示される。通話中は、電話の使用量にしたがって右の表示度数が漸次減少していき、電話を終えると、その時点での残度数が再びカードに印磁され、カード本体が利用者に返却される。次の機会にこれを再び電話機に挿入すると、今度はその減少済の残度数が利用可能度数として赤色表示され、右と同様の過程でこれを使用することになる。

これを磁気データの面から見ると、まず、電話機は、発行情報の読み取りによって、挿入されたカードがNTTの発行に係ることを確認し、次いで、磁気データを一旦電話機内部のソフトに転写させる。その時、カード上の磁気データは一旦消磁されるわけである。そして、通話時間に比例した度数計算を自動的に行い、通話終了と同時に残余度数を右ソフトからカード上の磁気記録部分に転写返還する。この、残度数を転写されたカードが利用者に返却され、再び利用に供されることになる。

以上の事実は、関係証拠によりこれを認めることができる。

第二  テレホンカードの有価証券性

そこで、以上の事実を前提として、テレホンカードが有価証券変造罪の客体たる有価証券に該当するか否かを検討する。

有価証券変造罪等にいう有価証券とは、財産上の権利が証券に表示され、その権利の行使に証券の占有を必要とするものであると解される。前記のとおり、テレホンカードは、その券面上にテレホンカードである旨を表示しているから、カード式公衆電話機の利用権を表示した証券ということはできる。しかしながら、カードの券面に表示された度数は発行時の度数に過ぎないし、パンチ穴の位置によって表示される残度数もおおまかなものに過ぎないから、そのカードで現に享受し得る権利の具体的な内容、すなわち、カードの利用可能度数は、券面の表示のみによってはこれを確認することができない。すなわち、テレホンカードは、先に支払った金額分に満つるまで、何回にも分けて使用することが予定されているのであるから、カードにより行使し得る権利が当初より可変性を有する点に、従来の有価証券とは異なる、プリペイドカードたるテレホンカードの際立った特色があるといえる。したがって、テレホンカードの権利表示性を考えるに当たっては、その券面表示のみを論ずるだけでは不十分であり、磁気記録部分に印磁された残度数をも考慮の対象とすべきところ、この残度数は、前記のとおり、テレホンカードを電話機に挿入すれば直ちに度数カウンターに赤色表示され、容易にこれを確認することができるのであり、しかも電話機に挿入することは、テレホンカードの本来の使用方法として予定されているのであるから、この残度数についても表示がなされているものと評価すべきである。したがって、テレホンカードは、その券面上の記載と磁気記録部分の情報とがあいまって一定の権利を表示しているものと認めることができる。

そして、前記のとおり、テレホンカードにおいては、その表示する権利の行使にカードの占有が不可欠であるから、テレホンカードが有価証券変造罪等の客体たる有価証券に該当することは明らかである。

第三  有価証券の変造

第二で述べたとおり、テレホンカードの磁気記録部分は、有価証券たるテレホンカードの権利を表示する部分であるから、真正なテレホンカードの磁気記録部分に権限なく変更を加えることが有価証券の変造に当たることは明らかであるところ、被告人は、NTTが作成した利用可能度数五0度の真正なテレホンカードの磁気記録部分に印磁された利用可能度数情報を、その権限がないのに一九九八度に改ざんしたのであるから、右行為が有価証券変造罪に該当することは明らかである。

なお、この場合には印磁された利用可能度数と券面上の度数とに齟齬を生ずることとなるが、第二で述べたとおり、実際に利用できる度数を表示するのは、カードを電話機に挿入した際の度数表示のみであり、しかも、この表示がなされる以上その表示のとおりに権利を行使することができるのであるから、券面上の度数よりも磁気部分の度数情報を信用することは大いに考えられるところであり、したがって、右の齟齬があるからといって、一般人をして真正なものと誤信させる程度の改ざんに至っていないとはいえない。

第四  行使の目的

変造有価証券交付罪における「行使の目的」の「行使」とは、その用法に従って真正なものとして使用することと解されるところ、テレホンカードの場合、これを有償無償で譲渡し得るものであるから、変造テレホンカードを真正なものとして他人に譲渡することがこれに当たることはもちろんであるが、そもそもテレホンカードは、電話機に挿入して通話する用法を予定しているのであるから、変造テレホンカードを公衆電話機で使用する行為についても、「行使」の一態様に該当すると解すべきである。確かに、電話機自身は機械であり、単にカードの磁気情報を読み取って自動的に作動するに過ぎない。しかしながら、どのような磁気情報に対してどのように機械を作動させるか、といった、テレホンカードを取り巻くシステム全体の設計をしたのは、あくまで電話機の設置者たるNTTであるから、電話機に変造カードを挿入して通話するということは、結局は、NTTに対して変造カードを真正なものとして示し、これを信用したNTTの判断を誤らせたものと評価できる。また、第二で述べたように、テレホンカードは、磁気記録部分をその中核に取り込んで成立している有価証券であるから、磁気記録部分をテレホンカードに付随した道具とのみみることは正当でなく、磁気記録部分の使用に過ぎないから有価証券の行使に当たらない、ということはできないのである。

そこで、本件における、右の「行使の目的」について検討するに、被告人は、Cから変造テレホンカードの大量発注を受けて、変造テレホンカードに対する需要が思いのほか大きく、また利益も大きいことから、これを自ら大量に生産し、売り捌こうと考えて本件各犯行に及んだのであり、このような状況に照らすと、被告人は、本件カードを交付するに当たり、これを譲り受けた者が電話機に使用することを予期していたのみならず、少なくともその流通の末端においては、一般の人々に対して一九九八度使用できる真正なテレホンカードであるとして譲渡する者が出て来ることもあり得ると予期していたものであることは十分認定できるのである。すなわち、被告人においては、将来変造テレホンカードの転得者が、電話機に対する使用によっても、また、真正なものとして流通させることによっても、これを「行使」することがあり得ると予期していたものであって、「行使の目的」が認められるといわざるを得ない。

第五  結語

以上に述べた理由により、当裁判所は、被告人のテレホンカードの改ざん及びその交付は、有価証券変造罪、変造有価証券交付罪に当たると解することになんら問題はないと考える。

(量刑の理由)

本件は、カード式公衆電話機を改造することにより五0度数のテレホンカードを一九九八度数に変造できることを知人から聞いた被告人が、自ら大量のテレホンカードを変造した上これを売り捌いて利益を得ようと企て、カード式公衆電話機を窃取してこれを知人に改造させた上、これを用いて大量のテレホンカードを変造し、売り捌いた事案である。

被告人は、テレホンカードを簡単に変造できることを知った当初こそ、そのような違法な行為に関わることに危惧を感じたものの、その後変造テレホンカードの注文が大量にあることを知るや、直ちに自ら変造して売り捌く決意をし、本件犯行に至っているのであり、多額の負債に苦しめられていたとはいえ、手段を問わずに利益追求のみを急いで短絡的に本件犯行に及んだ被告人の犯行動機にとり立てて酌量すべき余地はない。犯行態様をみるに、被告人は、他にテレホンカードの改ざんを依頼することでは飽き足らず、自らカードの変造及びその売買に乗り出し、一000枚単位での注文に応じるなどしているのであって、本件犯行は、営業行為として反覆継続してなされたものといえ、その態様においても悪質というべきである。また、被告人は、本件の一連の犯行により、相当の不法利益を得たのみでなく、これによって、テレホンカードに対する社会一般の信頼を大きく損なったものというべきであって、かかる結果においても、本件の犯情は芳しくない。しかも被告人は、変造テレホンカードの存在が官憲に発覚し、それが報道されるや、窃取して変造に用いた公衆電話機を分解し、海中や山間に投棄したり、変造して手元に残してあったテレホンカードを投棄するなど、積極的に証拠の湮滅を図っているのであり、叙上の諸事情にこれらの点をも合わせて考慮すると、被告人の刑事責任は甚だ重大であるといわざるを得ない。

したがって、本件発覚後被告人は、一連の犯行を全面的に自供して捜査に協力していること、当公判廷においても、本件を反省し更生に努力する旨誓うなど、反省悔悟の情が認められること、窃取した電話機についてNTTとの間で損害賠償についての示談が進行中であること、被告人の妻が、被告人の更生に協力する旨誓っていること、被告人には業務上過失傷害の罰金前科が一犯あるのみであることなど、被告人に有利な情状一切を考慮しても、本件は、未だ刑の執行猶予を相当とすべき事案ではないといわざるを得ず、主文掲記のとおり量刑した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官池田奥一 裁判官山室恵 裁判官石井俊和)

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